英文と翻訳の中間を考えてみる

JJBugの活動として、翻訳をするか・しないかという二者択一以外の選択肢がないか、ずっと考えてきました。ボランティアベースの翻訳には時間がかかるからです。翻訳をしている間にもオープンソース・ドキュメントは改訂されていきます。新しい版が出たら、古い版との差分をとって、その部分を翻訳して、マージして..という作業は考えただけでも大変です。そこで第3の方法を考えてみました。

オープンソースのマニュアルを読むとき、ユーザは次の2つの層に分かれると思います。

(A) 英語を楽に読める人は英文マニュアルを読む。
(B) 英語が苦手な人は翻訳したマニュアルを読む。

(A)は情報を早く入手できるものの、辞書なしにスラスラ読めるひとは多くはありません。一方、(B)は誰でも読めるものの、翻訳に時間がかかりますし、誤訳等のノイズが入ります。そこで考えたのですが、この(A)と(B)の間を狙えないでしょうか。辞書なしにスラスラは読めないけど、補助的な情報があれば、なんとか読めるという層をターゲットにして、その層が、(A)の層と同様に多くの英文を短時間に読めるようにするのです。

その手段として、その層に対して英文マニュアルを読むための日本語のガイドを提供することを考えます。このガイドとは、英文を読む上での、背景知識・語彙・説明などの注釈です。これってラジオ英会話の教材とか、アルクヒアリングマラソンとかでよくやられていることです。この方法を英文マニュアルに適用すると、翻訳には無い次のメリットがあると思います。

  • 翻訳の有無というAll or Nothing以外の第3の方法を提供できる。
  • オリジナルの英文を読むので誤訳に惑わされずに済む。
  • 和訳の作業がなくなる。つまり日本語作成時間が節約できる。
  • このページは重要、このページ読むだけムダ、と教えられる。
  • 冗長な出来の悪い英文を訳す必要がない。要約を示せばよい。
  • 英文を理解するための基礎知識や背景を説明できる。
  • 英文が改訂されてもインパクトは少ない。
  • 感想が書ける! (翻訳には感想は書けません)

これを実践するには、英文マニュアルをまずWikiにコピーしてしまいます。そして、そのコピーした英文に読者がコメントを次々に付加していくのです。見慣れない単語には訳語をつけます。英文の段落の間に説明文を書きます。別の解説ページへのリンクを張ってもよいでしょう。目次や各ページの先頭でそのページの重要度がマークしてあると便利ですね。こうして、多くの人が同じ英文マニュアルに対してコメントを付加していきます。似たようなことは、部分的には訳注でも可能ではありますが、それをもっと拡大したような感じです。ガイドでは説明図をつけてもいいですね。

簡単に言うと、この方法は私が紙に印刷した英文マニュアルに赤ペンでマークや書き込みを入れるのとまったく同じことを、複数の読者で共有できるようにWikiでやるということです。一人で翻訳をしているときは、コメントが恣意的であったり、間違っていたりしている可能性がありますが、Wikiに載せると、それは別の読者がチェックすることができます。

翻訳は、英文を読んで、理解して、日本語を組み立てるというステップから構成されますが、上の方法は最後の日本語を組み立てるというステップを完全に省いてくれます。翻訳では、この最後の日本語文章を作るところで、言い回しや訳語の不一致、英語と日本語の表現の違い、などの問題に直面しますが、上に書いた方法は、英文の内容理解に重点を置いているので、これらの問題は生じません。

日本語ガイドは英文マニュアル毎に作成されます。例えば、私のイメージでは、JBoss Seam リファレンス日本語ガイドとか、Hibernate 3.1リファレンス日本語ガイドのような感じです。これらのガイドに含まれる日本語説明文の総量は、リファレンス・マニュアル全体を翻訳するよりかなり少ないはずです。マニュアルを読む主な目的は内容理解のためであるはずです。どうしても日本語ドキュメントが欲しいなら、英文マニュアルを日本語ガイドと一緒にざっと読んで、必要な部分だけ自分の望みの観点から日本語でまとめれば良いと思います。

日本語ガイドがあれば、翻訳作業を分担するときにも有効でしょう。まず、ある人が日本語ガイドを提供し、日本語ガイドを元に別の人が翻訳をするという分担です。日本語ガイドを作成する人は、その専門分野に詳しい人がやればよいし、翻訳は翻訳技術に長けた人がやればよいと思います。日本語ガイドは短期間に作成し、翻訳は時間をかけてやります。日本語ガイドは提供するけど、読者が少ないものは翻訳はしないという選択はリーゾナブルだと思います。

日本語ガイドはAPIリファレンスマニュアルのような一部の専門家しか読まない英文マニュアルに向いていますが、どんな英文マニュアルにでも向いているというわけでもありません。オフィススイートのような本当のエンドユーザが使うものは翻訳が必要だと思います。ですから、日本語ガイドはJBossミドルウェア・スイートのような、やたら種類は多いけど、個々のマニュアルは一部の専門家しか読まないようなものには適していると思うのです。